【実践】「マズローの欲求段階説」をグローバルマーケティングに活かす秘訣とは

マーケティングの基本は「ユーザーのニーズ(欲求)を理解し、それに応えること」にあります。
その中でよく登場するのが、心理学者アブラハム・マズローによる「マズローの欲求段階説」。マーケティングの資料やセミナーなどで一度は目にしたことがある方も多いでしょう。しかし実際の現場で「どう活かせばいいのかピンとこない」と感じたことはありませんか?

本記事では、マズローの理論を土台にしながら、ターゲットとするユーザーの心理を読み解き、マーケティングに活かすヒントを探っていきます。

マズローの欲求段階説とは

マズローの欲求段階説は、人が持つ“欲しいもの”“こうなりたい”という気持ちを、段階的に整理した理論です。アメリカの心理学者アブラハム・マズローによって提唱されました。

この理論では、人間の欲求はピラミッドのように5つのレベルに分かれていて、下の段階がある程度満たされてはじめて、次の段階の欲求が強くなるとされています。

1. 生理的欲求

食べる・寝る・呼吸するといった「生きるために必要なこと」。人間がまず最初に満たしたいと思う基本的な欲求です。

2. 安全の欲求

安全な家に住みたい、安定した仕事に就きたいなど、「安心・安定した生活を送りたい」という欲求。災害や危険から身を守りたいという感覚もこれに含まれます。

3. 社会的欲求

家族や友人、職場などの「仲間に入りたい」「つながりたい」という気持ち。孤独を避けて、社会の中で居場所を得たいという欲求です。

4. 承認欲求

誰かに認められたい、自分の価値を感じたいという気持ちです。SNSで「いいね」が欲しくなるのも、この欲求が影響しています。

5. 自己実現の欲求

自分の可能性を最大限に発揮したい、自分らしく生きたいと願う気持ち。たとえば「本当にやりたい仕事をする」「自分の夢を叶える」といった、最も高次の欲求です。

 

マズローはこの5つの欲求のうち、下位4つ(生理・安全・社会的・承認)を「欠乏欲求(Deficiency Needs)」、最上位の「自己実現の欲求」を「成長欲求(Growth Need)」と分類しています。

欠乏欲求とは、「足りていない」「満たされていない」と感じたときに生じる欲求で、たとえば空腹や不安、孤独感、認められたいという思いなどがそれにあたります。これらが満たされていないと、人は不安やストレスを感じやすくなります。

一方で、成長欲求は「もっと自分らしく生きたい」「よりよい自分になりたい」という満たされている状態から生まれる前向きな欲求です。これは何かが“足りない”から生まれるのではなく、「内側から湧き出すような動機」によって成り立っています。

つまり、欠乏欲求がある程度満たされて初めて、人は自己実現という“その人らしさ”を追求する段階に進むことができる――というのが、この理論の核心です。

マズローの欲求段階説はどのようにマーケティングにいかせるのか

マズローの欲求5段階は、商品やサービスを「どう売るか」「どう伝えるか」を考える上で、とても役立つ考え方です。

なぜなら、マーケティングの本質は「人がなぜ行動するのか」を理解すること。そしてその行動の背景には、必ず“何かしらの欲求”があります。

つまり、「この人はいまどんな欲求を満たしたくて、この商品に興味を持っているのか?」を読み解くことができれば、より的確なアプローチができるようになるのです。

例えば

防災グッズを買いたい人は、「安全の欲求」に強く反応しているかもしれません。

SNS映えするカフェに行きたい人は、「承認欲求」や「社会的欲求」を満たしたいと感じているかもしれません。

自己投資としてのセミナーや習い事にお金を使う人は、「自己実現の欲求」に突き動かされている場合もあります。

このように、ユーザーが何を求めてその商品・サービスに興味を持っているのかを、マズローのピラミッドに当てはめて考えることで、

「どういう訴求をすれば響くか」
「どの媒体で、どのタイミングで届けるべきか」

といったマーケティング戦略が、より明確になってきます。

特にWEBサイトや広告バナー、ランディングページなどは、ユーザーの“欲求に応じた訴求設計”が重要です。

どの階層の欲求を刺激するのかを意識するだけで、伝える内容や見せ方に一貫性が生まれ、成果につながる確率が高くなります。

欲求には「気づいているもの」と「気づいていないもの」がある

マズローの欲求段階説を使えば、ユーザーの欲求を理解しやすくなるという話をしてきました。しかし、実際のマーケティングの現場では、

「この商品は“承認欲求”に刺さるはずなのに、なぜか反応が悪い」
「“安心できる”を訴求したのに、期待した反応が得られなかった」

そんな“しっくりこない”場面に出くわすことはありませんか?

このズレの原因は、「人間の欲求は、必ずしも表に出ているとは限らない」ということにあります。

人の心には、顕在意識(自分で自覚している気持ち)」と、「無意識(自分でも気づいていない深層の気持ち)」という、2つの異なる意識の領域が存在しています

例えば、「地球環境を考えて環境にやさしいオーガニックな商品を選んだ」と言ったとしても、実際には「他人に“環境意識が高い”と思われたい」という承認欲求が深層にあるかもしれません。

また、最新のスマホを買うときに「性能が良いから」と説明しても、内心では「流行に乗り遅れたくない」「持っていてカッコよく見られたい」という無意識の欲求が動いていることもあります。

マーケティングが難しいのは、この「表に見えるニーズ(顕在意識)」と「心の奥にある本当のニーズ(無意識)」が、必ずしも一致しないからです。

だからこそ、マズローの5段階をそのまま“1軸”で当てはめようとすると、「うまくいかない」ケースが出てきます。

そこで重要になるのが、「この欲求は、本人が自覚しているのか?それとも無意識なのか?」という“2軸”で考える視点です。

この視点を持つことで、ユーザーの深層心理に届くような言葉選びや体験設計が可能になり、マーケティングの精度が一段階アップします。

日本人の特性を顕在意識と無意識の2軸で考察すると

日本人の消費行動やコミュニケーションには、他国とは異なる独自の傾向があります。その要因の一つと言えるのが、「顕在意識と無意識のギャップ」にあると考えられます。

文化人類学者ルース・ベネディクトが著した『菊と刀』には、こんな印象的な一節があります。

「日本人を描写するために「その反面・・・」という言い回しが数え切れないほど繰り返されてきた。世界中でこれほど頻繁にこのフレーズを適用された国民はいない」

この言葉が象徴しているのは、日本人の中にある“二面性”です。

表面上は周囲と調和し、空気を読み、控えめにふるまいますが、その内側では、強い自己意識や評価への欲求を抱えている――そんな構造です。

このような背景から、日本人の行動には「表向きの建前(顕在意識)」と「内に秘めた本音(無意識)」が乖離して存在する傾向があると考えられます。

「高級ブランドには興味がない」と言いながらハイブランドのアイテムを所有していたり、「堅実に生きたい」と言いながらSNSで“映え”を意識した投稿をしていたり――このような矛盾は、まさに意識の二重構造から生まれているものです。

また、日本文化に根付いた「ハレ(晴れ)」と「ケ(褻)」の考え方も、こうした特性を裏づける概念のひとつです。日常(ケ)では控えめにふるまい、非日常(ハレ)では一時的に自分を解放する。この“日常では抑え、特別な場で欲求を表出する”というリズムも、日本人特有の欲求表現スタイルと言えるでしょう。

こうした傾向は、広告やWEBサイトの表現にも反映されています。例えば、欧米ではストレートな表現や感情に訴えるコピーが好まれる傾向がありますが、日本ではあえて控えめに表現し、「共感」や「奥ゆかしさ」を演出することで、無意識に訴える手法が効果を発揮します。

タイ市場に見られる欲求構造の特性とは

一方、タイではこの構造がやや異なります。

タイの消費者は、日常の中に“ハレ的”な要素を積極的に取り入れる傾向があり、自己表現や承認欲求が比較的表に出やすい文化といえます。例えば、カラフルなファッションや自撮り文化、SNSでのリアクション重視の投稿など、顕在意識の中に無意識の欲求が自然に溶け込んでいるような振る舞いが日常的です。

このように、日本のように“本音と建前”の間に大きなギャップがある文化もあれば、タイのように“無意識の欲求が表に出やすい”文化もあります。

今後グローバルな市場を視野に入れて事業を展開していく際には、「その国の文化的背景や人々の欲求レベルがどこにあるのか」「それが顕在意識に現れているのか、無意識にとどまっているのか」といった視点を持つことが、マーケティングの精度を高める大きなカギとなります。

マズローの理論を単なる階層図として捉えるのではなく、文化や世代による“欲求の出方”の違いを見極める視点として応用することで、より深く心に届くメッセージ設計が可能になるのです。

そのために、実際にその国の人たちと対話を重ね、行動や反応を観察することが、欲求レベルを高い精度で把握するための鍵となります。

文化や言葉の違いを越えて、日常の選択や表現の中にある“その人らしい欲求の形”に気づけたとき、マーケティングは単なる訴求から、「共感」や「納得」へと進化します。

こうした丁寧な理解に基づいて設計されたメッセージや体験は、より深く、自然に相手の心に届いていくのです。

世代間に見られる意識構造の違い

こうした“意識の二重構造”は、実は国による違いだけでなく、世代間によっても違いが見られます

とくに注目すべき例として、Z世代(1990年代後半〜2010年代生まれ)を見ていきましょう。

この世代は、デジタルやSNSのある生活が当たり前の中で育っており、情報発信や自己表現において他世代とは異なる価値観を持っており、とくに顕在意識と無意識の境界が比較的薄いという点が特徴的です。

あるZ世代のユーザーが「推し活(好きなアイドルやキャラを応援する行為)」に熱中している場合、「自分の気持ちが満たされるから」と素直に公言することに抵抗がありません。これに対して、上の世代であれば「時間の無駄と思われたくない」「言いづらい」と建前で語ることも多く、無意識の欲求を素直に表に出しにくい傾向があります。

こうした背景には、かつては「整えられた意見」や「専門性」「ロジック」が主に評価されていた社会において、今ではむしろ、「人間の本能的な反応」「素直な感情」「瞬間的なリアクション」そのものが価値として流通・評価されるようになったという大きなパラダイムの転換を指しています。

個人の“好き”や“こだわり”が社会的に許容され、評価される時代背景の中で形成されてきたとも言えるでしょう。

「個人の深層欲求を、素直に表現できる時代」になったということでもあり、これからのマーケティングやWEB設計は、こうした価値観の変化にいかにフィットできるかが問われています。

二重構造のギャップを埋める表現とは

とくに日本市場のように、「顕在意識(建前)」と「無意識(本音)」との間にギャップがある場合、マーケティングにおいては“どちらか一方に訴える”だけでは届きにくくなることがあります。

例えば、あるオーガニック化粧水を「肌にやさしいし、環境にも配慮されているから選んだ」と語る人がいたとしても、心の奥には「まわりから“美意識が高い人”と思われたい」「ナチュラル志向の自分を素敵に見せたい」といった承認欲求が潜んでいることがあります。

このとき、天然成分やサステナブルな製造背景といった機能や理念だけを前面に出す訴求だけでは不十分であり、かといって「意識が高いって見られたいでしょ?」と真正面から迫るようなアプローチでは、日本人の感性には少し強すぎる印象を与えてしまいます。

言葉に出して語られる理由を尊重しつつ、心の奥にある「ちょっと褒められたい」「自信を持ちたい」といった気持ちに、そっと寄り添うようなメッセージ設計が共感を生みやすい切り口のひとつとなりうるでしょう。

どんな表現が“二重構造”に響くのか?

▲ 機能だけを伝える表現:
「100%天然由来の成分。肌にも環境にもやさしい」
→ 顕在意識には響いても、“買いたい気持ち”が動きにくい

▲承認欲求を直接刺激する表現:
「その肌、ちゃんと選んでる人って伝わります」
→ やや押しつけがましく、不自然さや照れを生みやすい

◎ 顕在意識に寄り添いながら無意識に届く表現:
「肌にいいことは、きっと地球にもいいこと」
「気づいたら、“何使ってるの?”って聞かれるようになった」
→ 自然体の価値観を保ちつつ、他者からの承認をやさしくほのめかす

おわりに

マズローの欲求5段階説は、単なる心理学の理論にとどまらず、マーケティングにおいてユーザー理解を深めるための強力なフレームワークです。広告表現やWEB制作においては、顧客がどの欲求に反応しているか、またそれが顕在意識なのか無意識なのかを読み解くことで、コンテンツ設計やUIデザインに大きな差が出ます。感覚ではなく、構造で欲求を捉える視点を持つことで、成果につながるマーケティングが可能になるでしょう。

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