
タイに進出する日本企業では、現地でのWEBサイト制作や運用をタイ人スタッフに中心的に担ってもらうケースが増えています。タイの文化や言語を理解した現地スタッフの力を活かすことは、非常に効果的なアプローチです。しかし、全てを任せきりになってしまうと、本来行いたいマーケティングの意図やブランド方針との間に認識のずれが生じてしまうこともあります。
現地スタッフの力を最大限に引き出しながら、企業として一貫性のあるWEBサイトを構築・運用していくために意識しておきたいポイントをご紹介します。
判断基準や価値観の“ずれ”がもたらす課題とは?
WEBサイトの制作や運用を、現地の事情をよく知るタイスタッフに任せることで、ユーザー視点のコンテンツやデザインが生まれやすい一方で、様々な“すれ違い”が起こることもあります。
タイのスタッフと協力してWEBサイトを構築する中で、「完成してみたら想定と違っていた」というケースは少なくありません。これは言葉や作業指示の問題というよりも、判断基準や期待する成果の“前提”が共有されていないことが原因です。以下は、現場でよく見られる具体的な例をご紹介します。
日本本社の意図や商習慣が十分に反映されない
タイの顧客向けにローカライズされた内容が、結果的に日本側のビジネス方針と少しずれてしまうことがあります。
例えば、タイ側では「商品が一覧で見られればOK」と考えて簡潔なページ構成にした一方で、日本側は「製品の用途や導入事例、技術スペックまで丁寧に説明することで信頼感を与えたい」と考えていた、というように、情報設計の深さに差が出ることがあります。
また、BtoBサイトであっても、タイではLINEの問い合わせ導線や即時チャットなど、レスポンスの速さを重視したカジュアルな接点が好まれる傾向があります。一方で、日本本社は信頼性や専門性を重視し、詳細な資料請求フォームや商談予約導線を望むことが多いため、両者の前提が揃っていないと「何を目的としたサイトか」の認識にズレが生じやすくなります。
デザインの方向性に文化的なギャップが出る
明るく親しみやすいトーンが重視されるタイでは、カジュアルな印象の表現が選ばれる傾向がありますが、日本のブランドイメージと慎重にすり合わせる必要があります。
例えば、タイではビビッドな色使いやアニメーション、にぎやかなレイアウトが一般的に好まれます。「明るく親しみやすい=安心・信頼につながる」という文化的感覚が背景にあるためです。こうしたデザインは、特に消費者向け(BtoC)のプロモーションなどでは非常に有効です。
一方で、日本本社が考える自社のブランドポジションが「高品質・高価格帯・専門性重視」といったものである場合、落ち着いた色使いや端正なレイアウト、余白を活かしたデザインのほうが合致するという認識になります。
このように、タイ市場における自社の立ち位置(=高級ブランドとして打ち出すのか、大衆向けに広く展開するのか)に対する認識が現地と本社でずれていると、デザインの方針そのものがチグハグになってしまうことがあります。
表現の好みの問題ではなく、「誰に、どう見られたいか」という戦略レベルの共有不足が原因であることが多いため、制作に入る前に自社の市場ポジションや競合比較も含めたブランディングの方向性を、丁寧にすり合わせておくことが重要です。
SEOやデータ分析などの施策が後回しになることも
制作や運用に注力するあまり、SEO対策やGA4などのアクセス解析といった“数字での検証視点”が抜けてしまうことがあります。たとえば、「見た目は美しいけれど検索で全く見つからない」サイトが完成してしまうことや、アクセス解析タグが正しく設定されていないことも。
これはスキルの問題というより、「サイトを育てる」意識が日本側と現地側で異なっていることから起こるケースが多く、教育や認識共有で十分に解消できます。
更新・管理体制が属人的になりやすい
誰がどこまで担当するのかが曖昧になり、トラブル時の対応や引き継ぎに課題が出ることもあります。
「更新は◯◯さんがやってくれている」と安心していたら、その担当者が異動・退職してしまい、誰も管理画面にログインできない、というような事例も実際にあります。
CMSのアカウントやサーバー情報が個人依存になってしまうと、復旧や引き継ぎに多くの時間を要してしまいます。日本側でも最低限の情報を把握しておくことで、こうしたリスクを防ぐことが可能です。
これらは、現地スタッフに任せること自体に問題があるのではなく、「目的や方針のすり合わせ」が不足していることで起こる誤解のようなものです。このようなギャップは、どれも「悪意のあるミス」ではなく、立場や文化、習慣の違いによる“自然なずれ”から生まれるものです。だからこそ、日々の連携や方針の共有が非常に重要になってきます。
日本側がサポートすべきポイントとは?
現地スタッフがWEB制作を主導する体制は、スピード感や現地ニーズへの対応力において大きなメリットがあります。ただし、ビジネスの目標やブランドの一貫性を保つためには、日本側のサポートや関与が欠かせません。以下に、日本本社が意識したい5つのサポートポイントを具体的にご紹介します。
WEBサイトの目的やゴールを明文化して共有する
「どのような人に、何を伝えたいのか」といった基本的な考えを明確にし、共有することで判断の軸を共有できます。
「誰に」「何を伝えたいのか」「最終的にどうしてほしいのか」というサイトの目的やゴールは、当たり前のようでいて、意外と曖昧になりがちです。
例えば、日本側は「ブランドの信頼感を打ち出す企業サイト」として考えていても、現地では「問い合わせを増やすための販促的なLP」に近い感覚で構築が進められていることがあります。
このような齟齬を防ぐには、ワイヤーフレームや目標指標(KPI)、競合サイトの例などを共有し、判断の土台を揃えることが大切です。
ブランドの世界観を共有するための資料を整える
ロゴの使用ルール、色やトーンの統一感など、日本側のブランド方針をわかりやすく伝えることで、現地スタッフも安心して制作できます。
「うちっぽくないな…」と感じるデザインになってしまうのは、担当者のセンスの問題ではなく、企業としての“らしさ”が明確に共有されていないことが原因であることがほとんどです。
ロゴの使用ルールやコーポレートカラーの指定、フォントの選定、写真のトーンなどをまとめた簡易的なブランドガイドラインがあるだけで、現地スタッフの判断精度は大きく上がります。
また、「どこまで自由にアレンジしてOKか」も含めて伝えておくことで、柔軟さと一貫性のバランスがとれます。
検索対策やアクセス分析の考え方を共有する
必ずしも専門的である必要はなく、「このキーワードで検索されたら出てきてほしい」「Googleアナリティクスで効果を見たい」といったシンプルな観点から話し合いましょう。
SEOやGA4(Googleアナリティクス4)といった施策は、日本国内では当たり前のように意識されていても、現地スタッフが日常的に活用しているとは限りません。
「検索結果に出るようにするには何が必要か」「どのページをよく見られているかを分析して改善につなげたい」といった視点を共有するだけでも、制作や運用の質は大きく向上します。
場合によっては、Google Search ConsoleやGA4のレポートを一緒に見ながらレビュー会を行うなど、スキル育成にもつながる関係づくりが望ましいです。
管理情報は本社でもバックアップを持つ
CMSやサーバーなどのログイン情報は、両拠点で共有し、管理体制を整えておくと安心です。
CMS(WordPressなど)のログイン情報、ドメイン・サーバーの契約情報、使用しているツールのアカウントなど、すべて現地任せにしてしまうと、万が一の時にアクセスできなくなるリスクがあります。
特に、スタッフの異動や退職、制作会社の変更時にトラブルが起きやすいため、日本本社でも控えを持っておく、管理台帳を作成しておく、といった“最低限の管理体制”を整えておくと安心です。
定期的なレビュー・対話の場を設ける
WEBサイトは完成したら終わりではなく、継続的な運用・改善こそがWEBサイトの価値を高める鍵です。
月に1回でも構いませんので、更新状況やアクセス数の推移を共有しながら、良かった点・改善したい点を話し合う場を設けることで、現場スタッフとの一体感が生まれます。
このような場があることで、現地スタッフの“感覚的な判断”も日本側とすり合わせやすくなり、信頼関係の強化にもつながります。
ここで大切なのは、「日本側が細かく管理する」という姿勢ではなく、“伴走する”というスタンスを保つことです。現地スタッフの自律性や創造性を尊重しつつ、共通の方向を確認しながら一緒に進めていく姿勢が、良い結果を生み出します。
現地の力と日本の視点を“つなぐ”ことで強いサイトができる
タイでのWEBサイト制作は、現地の文化やユーザーの嗜好に精通したタイ人スタッフの力があってこそ、現地に根ざした有効なアウトプットが実現します。一方で、日本本社には企業のビジョンやブランドの世界観、事業戦略といった“軸”があります。WEBサイトはこの2つの要素――現地の実行力と日本の設計思想――を橋渡ししながら形にしていくものです。
「デザインが少し派手かもしれないけれど、タイのユーザーにはこれが届く」
「この表現は現地では馴染みが薄いので、少し補足を加えよう」
こうした丁寧な調整を積み重ねることで、現地ユーザーの共感と、日本企業としての一貫性、その両方を兼ね備えたWEBサイトが育っていきます。
また、現地スタッフにとっても、日本側からのフィードバックや視点は学びになり、WEBサイトの運用のデジタルマーケティングのスキルアップにつながります。一方で、日本側もタイ市場のリアルな動きや価値観を現場から学ぶことで、より確度の高い戦略を描けるようになるでしょう。
大切なのは「任せるか、管理するか」といった二項対立ではなく、相互の強みを理解し、補完し合う関係を築くことです。
現地任せでもなく、日本主導でもない。“共につくる”という姿勢こそが、グローバル時代のWEB制作に求められる本質なのではないでしょうか。
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